少し前の話になりますが、ひとりで外食に行ったときのことを書かせてください。
ふらっと入った定食屋で、4人掛けのテーブルに通されたんです。一人なのでテーブルの端に座ったんですが、なんとなく落ち着かなくて。広いテーブルにひとりでポツンと座っていると、「自分、浮いてるな」っていう感覚がずっとあって。料理はおいしかったし、内装もきれいだったんですが、気づいたらさっさと食べて出てしまっていました。
帰り道に「なんで落ち着かなかったんやろ」って考えてみると、答えはシンプルで。寸法が、私の「心地いい距離感」と合っていなかった。それだけのことだったんです。
空間デザインの話をするとき、素材や照明や色の話になりがちです。でも、意外と見落とされているのが「寸法と距離感」の話。目には見えないけれど、居心地を決定づける、すごく大事な要素です。
この記事では、お店の空間デザインにおける「心地いい距離」の正体と、その設計の考え方をお伝えします。お店を開業される方にも、すでにお店をお持ちの方にも、読んでいただけたら嬉しいです。
📋 この記事でわかること
- 「モデュロール」から学ぶ、人間の身体と空間の関係
- 天井の高さが生む「せいせい感」と「しっぽり感」の使い分け
- 業態ごとにまったく異なる「心地いいテーブルの奥行き」
- カウンターの高さ別に生まれる距離感と空気の違い
- 巻き尺なしで寸法を測る「身体のスケール」の身につけ方
- 「オリジナルな人間工学」をお店の設計に組み込む考え方
「モデュロール」という発想——人体と空間の黄金比
フランスの建築家が見つけた、身体と空間の比率
店舗設計の調べ物をしていて、久しぶりに目に入ったものがあって思わず保存してしまいました。「モデュロール」という図です。

ご存知でしょうか。フランスの建築家ル・コルビュジエが考案した、「人体と空間の基準寸法の数列」のことです。レオナルド・ダ・ヴィンチの人体図などから、身体における数学的な比率(黄金比)を見出して作られたと言われています。
当時のフランス人の平均身長が183cmだったことを基準に、その身体の寸法と黄金比を組み合わせて「建物をデザインするための基準尺度」を作り上げた。コルビュジエはこの寸法を元に自身の建造物を設計し、数々の名作を世に輩出していきました。
日本版モデュロール——丹下健三と旧東京都庁舎
面白いことに、日本にもこのシステムを独自に応用した建築家がいます。いまは亡き丹下健三さんです。
「丹下モデュロール」と呼ばれ、当時の日本人の体型に合わせて作り上げられたもので、実際に採用されたのが旧東京都庁舎です。訪れたことがある方はご存知かもしれませんが、あの建物の天井高は2,250mmと、現代の感覚からするとかなり低く作られていました。
いまでは日本人の平均身長も高くなり、店舗などでは2,400mm前後の天井高が一般的になっています。
「人間の身体の寸法」と「空間の寸法」は、切っても切り離せない関係にある。この発想が、空間デザインにおける「心地いい距離感」を考える出発点になります。
人間工学(エルゴノミクス)とは
人間が自然な動きで物や空間を使用できるようにデザインするための考え方・指標のこと。家具の高さや通路の幅など、快適さと使いやすさを科学的に追求する分野です。
天井の高さが決める「空気の質」
高い天井が生む「せいせい感」と、低い天井が生む「しっぽり感」
お店の空間デザインで最初に目に入るのが、天井の高さです。
天井が高いと、足を踏み入れた瞬間に店内が広々とした感じがして、「せいせい」とした気持ちになります。開放感があって、誰でも入りやすい雰囲気が生まれる。
一方、天井が低いと多少の圧迫感はあるけれど、「しっぽり」と落ち着いたプライベートな空間になります。こじんまりした居心地の良さが、独特の安心感を生む。
どちらが正解か、という話ではありません。大切なのは、床の広さと天井の高さのバランスと、その空間でどんな体験を提供したいかという意図です。
「スケルトン天井」という選択肢
近年よく使われるのが、天井のボードを張らずに躯体や配管をそのまま見せる「スケルトン天井」です。物理的な天井高が変わらなくても、視線が抜けることで空間が広く感じられる効果があります。
ただ、スケルトンにした場合の注意点があって。むき出しになった配管や設備をダークグレーや黒で塗りつぶした上で、照明を下方向に向けて天井に光を当てないことが重要です。配管を黒く塗ることで影の中に溶け込み、照明がテーブルだけを照らすことで空間にメリハリが生まれる。
コストを抑えながらシックな空間を作れるのが、スケルトン天井の最大の魅力だと私は思っています。
テーブルの寸法が生む「心の距離感」
向かいの人との距離が、会話の温度を変える
冒頭でお伝えした「奥さんとの外食」の話に戻りますが、あの居心地の悪さの原因は、テーブルの奥行きが広すぎたことでした。
4人掛けのテーブル席を設計する際、奥行きを90cmにするとお皿をたくさん並べられて使いやすくなります。でも、2人で向かい合って座ると、その距離が「少し遠い」と感じさせてしまう。会話に少し力が要る距離感になってしまうんですよね。
鍋料理やデートを想定したお店では、テーブルの向かいとの距離は75cm前後が親密感を生む絶妙なラインです。近すぎず、遠すぎず。自然に視線が合って、会話が生まれやすい距離感になります。
「奥に進むほどもてなされ感が増す」という設計の哲学
テーブル席の配置には、もう一つ大切な考え方があります。
お店の入り口付近には、スタンディングやハイチェアを置いて気軽に立ち寄れる雰囲気を作る。そして奥に進むにつれて、ソファやゆったりした椅子、仕切りのある落ち着いた席へと変わっていく。
「もてなされ感」は奥に行くほど高まる設計が理想です。入り口から座敷へと続く日本の老舗の間取りが、まさにこの哲学を体現しています。
また、人は「囲われた感じ」に安心感を覚えます。これは大昔から人間が「隅っこ」に安心感を覚えた本能に由来するもので、背後が守られたコーナー席に落ち着きを感じるのも同じ理由です。席の配置を考えるとき、コーナー席を意図的に増やすことが居心地の向上につながります。
テーブル設計の主な寸法目安
- 2人向かい合わせ(デート・鍋):テーブル奥行き70〜75cm / 向かいとの距離が近く親密感が増す
- 4人掛け(標準):テーブル奥行き80〜90cm / 料理を並べやすいが向かいとはやや遠め
- 立ち飲み用ハイテーブル:高さ95〜110cm / 気軽な交流が生まれやすい
- 掘りごたつ:後ろの通路スペース60cm確保で動線が成立する
カウンターの高さ別——生まれる関係性の違い
数センチの違いが、店の空気をまるごと変える
カウンター席はお客様とスタッフの距離感を最も象徴する場所です。その高さによって、そこに生まれる関係性がまるで変わります。
🍸 オーセンティックバー / 約1,000mm
背筋が少し伸びる距離感。バーテンダーとの「適切な間」が生まれて、フォーマルで洗練された時間になる。
🍱 小料理屋・割烹 / 約850mm
身を乗り出したくなる高さ。自然と会話が生まれて、料理と人の温度感が近くなる。
🍣 寿司屋・鉄板焼き / 約750mm前後(付台あり)
職人の手元が自然に目に入る高さ。「仕事を見せる」設計。ライブ感が売りの業態に向いている。
🍺 牛丼屋・回転重視業態 / 約930mm
コンパクトで効率的。「さっと食べて出る」という暗黙の了解が、この寸法に込められている。
🥂 ハイカウンター・立ち飲み / 約1,100mm(ハイチェアと組み合わせ)
目線が上がって気持ちが開く。隣の人に自然と声をかけやすい、フレンドリーな距離感が生まれる。
「足掛けバー」と「荷物の置き場」という細部の気遣い
カウンター設計で見落とされがちなのが、ハイカウンターの「足掛けバー」です。
ハイチェアに座ったとき、足がブラブラした状態では太ももに負担がかかり、長く座っていられません。土踏まずがしっかり安定する位置に足掛けを設置することが、長居を生み出す設計の細部です。
また、カウンターに座るお客様のバッグや上着の置き場も、意外と重要です。腰壁にフックを設けるか、椅子の下に荷物用バスケットを置くか。「座ったら荷物はどうするんやろ」という小さなストレスを事前に解消しておくことが、「また来たい」につながると私は思っています。
基準はあるようでない。「オリジナルな人間工学」という考え方
教科書通りの寸法が、必ずしも正解ではない
ここまで、さまざまな寸法の話をしてきました。でも、私がいつも強調していることがあります。
店舗設計において、教科書通りの標準寸法に盲目的に従う必要はない。大切なのは、そのお店のコンセプトとお客様の心理に合わせた「オリジナルな人間工学」を設定することです。
ギュウギュウ詰めに座ってもらって空間をワイワイと活気づけようとする立ち飲み屋と、ゆったり過ごせるラグジュアリーなレストランでは、最適な寸法がまったく違います。お客様に「ゆっくり過ごしてほしい」のか、「気軽にサクッと来てほしい」のかによって、テーブルの奥行きも通路の幅も変わってくる。
標準寸法は「出発点」であって、「答え」ではないのです。
「このお店に来るのはどんな人か」を先に決める
お店を設計するとき、私がまず考えるのは「どんな人がこの店を訪れるか」です。
顔のない人物ではなく、具体的なキャラクター。どんなファッションで、どんな表情で、誰と来るのか。一人なのか、カップルなのか、仕事帰りの女性グループなのか。
その人物像が具体的になるほど、最適な寸法が見えてきます。
自分の身体を「スケール」にする
巻き尺がなくても、だいたいの寸法はわかる
「このお店のカウンター、ちょうどいいな」と感じたとき、その寸法を覚えておきたいと思ったことはないでしょうか。
実は、巻き尺がなくても自分の身体を使ってだいたいの寸法を測れる方法があります。自分の「身体のスケール」を覚えておくことです。
身体のスケール一覧
- 手のひらの幅(親指〜小指の広げた幅):大人の男性で約20cm、女性で約18cm
- 腰骨の高さ:個人差はありますが、おおよそ85cm〜100cm
- 肘の高さ(立った状態):身長×0.6が目安。170cmの人なら約102cm
- 一万円札の幅:16cm / 縦:7.6cm
- 文庫本:縦14.8cm×横10.5cm
- スマートフォン(一般的なサイズ):縦15cm前後
たとえば、気になったカウンターの奥行きを測りたいとき。手のひらを2回並べれば約40cm。3回なら約60cm。これだけでも、設計上の参考寸法として十分機能します。
「心地いい」を感じたとき、すぐに記録する習慣
私は外食するとき、「あ、このテーブルの広さ、ちょうどいいな」「このカウンターの高さ、座りやすいな」と思った瞬間に、スマホのメモに残す習慣があります。
身体のスケールで測った寸法と、「なぜ心地いいと感じたか」という一言を一緒に記録しておく。これが積み重なると、設計のときにとても役立つ「自分なりの寸法感覚のデータベース」ができあがっていきます。
開業を考えている方にも、ぜひ同じことをやってみてほしいです。「心地いい」と感じたお店に入ったら、何がそう感じさせているのかを言語化する習慣が、自分のお店の設計思想を育てていくことになると思います。
よくある質問(FAQ)
Q. 小さな物件でも「居心地の良い距離感」を作ることはできますか?
できます。スペースが小さいからこそ、寸法の精度が重要になります。たとえば、テーブルの奥行きを5cm絞るだけで通路を確保しながら席数を増やせることがあります。小さい物件ほど、「ゆったり感」と「席数確保」のバランスを取るために、設計段階でのシミュレーションが大切です。
Q. 居心地の悪さの原因が、寸法にあるかどうかわかりません。どう確認すればいいですか?
「なんとなく落ち着かない」「長居する気になれない」という感覚がある場合は、まず天井高・テーブルの奥行き・隣の席との間隔の3つを確認してみてください。これらが標準寸法から大きく外れていることが多いです。実際に巻き尺で測ってみると、原因が見えやすくなります。
Q. 開業前に「心地いい寸法」を決めるための調査方法はありますか?
ベンチマークにしたいお店に実際に行って、身体のスケールで主要な寸法を記録することをお勧めします。「なぜこのお店は居心地がいいか」を言語化する習慣が、設計の精度を上げていきます。また、設計士と一緒に複数の物件を内覧しながら「このスペースでどんな配置ができるか」を確認するのも有効です。
まとめ|見えない寸法が、居心地を決める
今回お伝えしたことを整理します。
- 人体と空間の関係を探求した「モデュロール」という発想が、店舗設計の原点にある
- 天井の高さは「せいせい感」か「しっぽり感」かを決める重要な要素
- テーブルの奥行きが、向かいの人との「心の距離感」を変える
- カウンターの高さによって、スタッフとの関係性や空間の空気がまるごと変わる
- 標準寸法は「出発点」であり「答え」ではない。業態と客層に合った「オリジナルな人間工学」を設定する
- 身体のスケールを覚えておくと、巻き尺なしでも寸法感覚が身につく
「心地いい距離感」は、目には見えません。でも、確実に存在していて、お客様の無意識の行動を動かしています。
冒頭の外食の話に戻ると、あのお店の料理はおいしかった。内装もきれいだった。なのにさっさと出てしまったのは、ただテーブルが一人客には広すぎただけのことでした。たったそれだけのことが、「また来たい」を奪っていた。
見えない寸法に、これだけの力がある。だから私たちは、目に見えるデザインのおしゃれさと同じくらい、この「見えない寸法と距離感」に徹底的にこだわっています。
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