先日、仕事を終えて西大路から自宅に向かって歩いていたんです。夕方の5時半くらいで、少し肌寒い時間帯でした。
ふと、路地の奥に明かりの灯った小さなお店が目に入りました。看板はよく見えない。メニューも外からはわからない。でも、何かに引っ張られるように足が止まりました。扉の隙間から漏れてくる光の温度と、どこか遠慮がちな暖簾の佇まい。「ここ、入ったらきっとええ感じやな」と思ったのを覚えています。
結論から言います。京都で長く続くお店の秘密は、その「入りたくなる感覚」を意図的に設計しているところにあります。そしてその設計の核心は、実は「作り込むこと」ではなく「余白を残すこと」にあります。
コトスタイルはこれまで京都・関西エリアで300件以上の店舗設計・施工に関わってきました。長く愛されるお店を間近で見続けてきた経験から言えることがあります。何十年も続くお店には、例外なく「余白」があります。
今回から全5回の連載として、京都で長く続く店舗の設計思想についてお伝えしていきます。第1回は「余白のある空間づくり」について。お店を開業される方、改装を考えている方、そして「いつかは自分のお店を」と夢を描いている方に読んでほしい内容です。
📋 この記事でわかること
- 「完璧に作り込まれた空間」がなぜ長続きしないのか
- 空間の主役が「内装」ではなく「人」である理由
- 余白を生み出す具体的な設計の考え方
- 「抜け感」がもたらす居心地の良さとは何か
- デザイナーの本当の役割と、長く愛されるお店の共通点
「完璧な空間」がお客様を疲れさせる
私がデザインの仕事をしていて、一番難しいと感じる瞬間があります。それは「どこかを削る判断をするとき」です。
お店を開業されるオーナーさんというのは、みなさん本当に熱量が高い。「こんなお店にしたい」「この素材を使いたい」「この照明の雰囲気が好き」——打ち合わせを重ねるにつれて、こだわりがどんどん積み上がっていきます。それはとても素晴らしいことです。その熱意があるからこそ、いいお店ができます。
ただ、そのこだわりを全部、空間の隅々まで詰め込もうとしたとき、思わぬことが起きます。「完璧に作り込まれた空間は、お客様を疲れさせる」のです。
コンセプトが「息苦しさ」に変わる瞬間
どういうことか、説明します。
たとえばですが、京都の古町家を改装した、隅々まで「和」で統一された飲食店があるとします。床から天井まで、家具から食器まで、すべてがそのコンセプトの世界に沿っている。写真で見ると素晴らしい。雑誌に載りそうなくらいです。
でも実際にそのお店に入って座ってみると、なんとなく落ち着かない感じがすることがあります。「この食器をこっちに置いていいのかな」「ちゃんとした作法で食べなきゃいけないのかな」という、ふわっとした緊張感。
それはまるで、「このお店が用意したストーリーの通りに過ごしてください」という無言のプレッシャーです。お客様はテーマパークの住人になりたいわけじゃない。日常の少し先にある、自分がリラックスできる場所に来たいんです。
コンセプトを「詰め込む」と、それはいつの間にか「押しつけ」になります。そのラインを越えた瞬間に、お店の空気は心地よさから窮屈さに変わります。
視覚だけが、お店の空気をつくるわけじゃない
もう一つ、大事なことをお伝えします。
デザインを考えるとき、私たちはどうしても「見た目」の話に集中してしまいます。壁の色は、床の素材は、照明の色温度は——。それはもちろん大切です。でも、お店の「空気感」というものは、視覚だけでできているわけじゃない。
料理の味、価格のバランス、オーナーさんの人柄、集まってくるお客さん同士の雰囲気、スタッフの立ち振る舞い——こういう要素が全部重なって、はじめてそのお店の「場の空気」が生まれます。内装はその中の一要素に過ぎません。
だから、空間デザインだけが一人歩きして過剰に主張するより、他のすべての要素と調和するような、一歩引いた「余白」を持つことが必要なんです。
コトスタイルの現場から
打ち合わせで「あれもこれも入れたい」という話になったとき、私はよく「いいねー、それ全部いいと思います。でも、どれか一つ外してみましょうか」と言うようにしています。削ることへの抵抗感は最初は大きいんですが、一つ外すと空間に「息」が生まれる。そのとき、オーナーさんが「あ、こっちの方がいいかも」と気づいてくださることが多いです。
空間の主役は素材でも照明でもなく、「人」である
これは、私が専門学校でデザインを学び始めた頃から、ずっと信じていることです。
設計図を書いていると、つい「きれいな空間を作ること」が目的になりがちです。完成予想図(パース)を描いているときは、特にそうなる。無人の空間を美しく描くのは、実は簡単なんです。人がいなければ、どんな空間でも整然と美しく見える。
でも、実際のお店には必ず「人」がいます。顔のある、それぞれの事情を持った、その日の気分がある人たちが来る。その人たちが空間の中にいることで、はじめてお店は「機能する場所」になります。
お客様一人ひとりが「自分だけのストーリー」を持っている
お店に来るお客様を想像してみてください。
上司に連れられてきて少し緊張している新入社員。気心の知れた友人と久しぶりに会ってワイワイしたいグループ。大切な人との記念日をしっとり過ごしたいカップル。一人でゆっくり食事を楽しみたい常連さん。
全員が、お店のコンセプトを正確に読み取っているわけじゃない。その日の気分で、勝手な解釈で、自分だけのストーリーを空間の中に持ち込んでいます。
優れた店舗デザインとは、そういう多種多様なストーリーを「大らかに受け止める器」であるべきだと私は思っています。特定の過ごし方だけを強要するのではなく、どんな気持ちで来たお客様でも「ここが自分の居場所だ」と感じられる懐の深さ。それが、余白の正体です。
谷崎潤一郎が「陰翳礼讃」で書いていたことを、私はよく思い出します。光があるから影が生きる、という話。影の中に人がいるとき、その人はなぜか生き生きとして見える。余白も同じで、余白の中にいるときに人は「自分の色」を発揮できるんじゃないかと思っています。
余白を生み出す、3つの設計の考え方
「余白を残す」とは、手を抜くことじゃないんです。むしろ逆で、余白を作るためには、より深い考え方が必要です。ここでは、私が実際の設計でよく意識している3つの考え方をお伝えします。
① コンセプトを「押しつけない」空間の設計
カフェを例に話します。
今、世の中のいろんな場所がカフェのように作られています。オフィスも、病院の待合室も、住宅のリビングでさえ、カフェっぽい雰囲気を取り入れているところが増えています。それはなぜかというと、カフェという空間が「強制しない自由さ」を持っているからだと思っています。
読書してもいい。仕事してもいい。ぼーっとしててもいい。友達と喋ってもいい。カフェは「こう過ごしてください」と言わない。だから人が集まります。
商業的な効率を追い求めた無機質なデザインや、コンセプトを詰め込みすぎた「テーマパーク型」の空間は、カフェには似合いません。「商売の気配を消す」というのが、居心地のいいカフェを作るときに私が一番大切にしていることです。
② 使い勝手を限定しない「フレキシブル」なレイアウト
余白は、レイアウトの柔軟性によっても生み出せます。
たとえば昼と夜で客層が変わるお店や、平日はビジネス客・週末はカップルや家族、というように利用シーンが変わるお店があります。そういうお店に固定されたレイアウトだけ用意すると、どこかのシーンで必ずお客様に無理をさせることになります。
少人数が多い時間帯にはテーブルを少し離してプライベートな空間を確保する。大人数のグループが来たらテーブルをつなげて一体感のある席にする。そういう「変化できる余白」を空間に持たせておくことが、いろんなお客様を受け入れる器になります。
棚や仕切りの使い方も同じです。表と裏で雰囲気が変わる仕切りや、高さを変えられる照明器具など、大きな改装をしなくてもお店の表情を変えられる仕掛けを最初から組み込んでおく。これが長く飽きられないお店をつくる、地味だけど効いてくる秘訣です。
③ 「誰もいない美しい写真」より「賑わう店内」を想像して設計する
これは私がいつも自分に言い聞かせていることです。
設計図を描いているとき、パースを描いているとき、私たちはどうしても「無人の空間」を想像してしまいます。でもそこに、実際に人が来たらどうなるか。荷物はどこに置く? 子供連れのお客様が来たらテーブルの間隔は足りるか? 席が満席になったとき、お店の雰囲気はどう見えるか。
京都で長く続くお店をつくるためには、誰もいない美しい空間を夢想するのではなく、満席で活気に満ちた店内の様子をリアルに想像することが欠かせないと思っています。空間の主役は内装の素材や照明器具じゃない。そこで過ごす「人」です。
「抜け感」がもたらす居心地の正体
私が設計の仕事をしていて、「めっちゃいいやん」と思う瞬間があります。完璧にきれいにまとまった空間より、少し「外れているもの」が混ざっているときの方が、空間に温度が出ると感じるときです。
既製品と手作り感が交ざり合う、絶妙なバランス
予算を豊富にかけて、高級なカタログから揃えた家具だけで作ったお店が、必ずしも居心地のいい空間になるとは限りません。むしろ、すべてが完璧に整いすぎていると、お客様に「隙」が与えられず、肩の凝る場所になってしまうことがある。
居心地のいい「余白」をつくるためには、あえて空間に「抜け感」を取り入れることが効果的です。
たとえば、新品のテーブルの横に、少し年季の入ったアンティークの椅子を置いてみる。あるいは、あえて色や形が揃っていないバラバラな家具を組み合わせてみる。職人による完璧な仕上げの中に、少しだけDIYっぽい素材感を混ぜ込む。古材の温もりや、手塗りのムラが残る壁の質感——少しの不完全さが、空間に生身の温かさを与えます。
この「ゆるい日常感」の演出が、お客様の肩の力を抜かせるんです。原研哉さんが「白」という本の中で書いていた「余白は受容の空間」という言葉が好きで、よく思い出します。余白は何もない場所じゃなくて、何かを受け入れる準備ができている場所、という意味です。空間の「抜け感」は、お客様を受け入れるための余白なんだと思っています。
流行に飛びつかない、時代を超える発想
店舗デザインには、時代ごとに流行があります。数年前はコンクリート打ちっぱなしのインダストリアル系が流行った。少し前はウッドとグリーンを組み合わせたナチュラル系。今だと——何が流行っているか、皆さんの方がご存知かもしれません。
ただ、情報の変化が早い今の時代、特定のスタイルに強く依存したデザインは、数年経つと一気に古臭く見えるリスクがあります。
京都で長く続くお店をつくるためには、今の流行に乗ることより、「10年後も自分のお店として誇れる空間か」という視点で考えることが大切だと私は思っています。和洋の混在でも、無骨なものとデリケートなものの組み合わせでも、「一つの型に収める」必要はない。多様な価値観を持つお客様を受け入れるために、デザインの幅を広げておく。その試行錯誤の過程から、時代を超えて愛される空間が生まれていくと思っています。
デザイナーは「調整役」。お客様の目線で発想する
ちょっとだけ、自分たちデザイナーの話をさせてください。
デザイナーの仕事って、「自分の作品の美しさを追求すること」だと思われていることがあります。でも私は、少し違うと思っています。
店舗デザインにおけるデザイナーの役割は、オーナーさんの要望と、提供するサービスと、予算と、そして「お客様の居心地」を、最適なバランスにまとめ上げる「調整役」だと思っています。
独りよがりな演出で、お客様を迷わせていないか
どんなに素晴らしいデザインの仕掛けを作っても、それがお客様の行動や気持ちをミスリードするようなものであれば意味がありません。
たとえばですが、気軽に入れるはずの大衆的な居酒屋なのに、外観が高級料亭みたいに敷居が高すぎたら、お客様は入り口で迷います。「ここ、私みたいな人間が入っていい場所なのかな」と思わせてしまったら、もうそのお店のコンセプトは機能していない。
お店が外からどう見えて、中に入ったときにどう感じるか。常にお客様の目線に立って考えることが、設計者には不可欠です。演出が独りよがりになっていないか、お客様の居心地を阻害していないかを、常に客観的に確認する。それがデザイナーとしての最低限の責任だと思っています。
コトスタイルの現場から
打ち合わせの中で、私がよくやるのは「自分がお客様として来たとしたら、どう感じるか」を想像することです。設計者の目線から一度離れて、初めてそのお店に来たお客様として扉を開ける。そのときに「入りにくい」と感じたら、何かがズレています。「やっぱりここの扉、もう少し引いた位置にしましょう」とか「サインの文字、もう少し小さくしてもいいかも」とか。小さい話のようですが、こういう細部が積み重なって、お店の「空気」ができていきます。
お店は、オープンしてから「育っていく」
最後に、これだけは伝えさせてください。
お店の空間は、「オープンした瞬間が完成ではない」と私は思っています。むしろ、オープンした日が「スタート」です。
新築でピカピカの状態がピークで、あとは古くなっていくだけの空間では、長く続く店にはなりません。でも、最初から「育つ余地のある空間」を設計しておけば、時間が経つにつれてお店の空気は熟成されていきます。
お客様とともに変化する空間が、長く愛される
お客様が日々訪れ、スタッフが毎日働き、お皿の触れる音や人々の笑い声が空間に染み込んでいく。そうして年月を重ねることで、素材の味わいが深まり、床の傷も歴史の一部になって、そのお店だけの空気が生まれていきます。
京都の街には、そういうお店があちこちにあります。暖簾の色が少し褪せていても、カウンターの角が丸くなっていても、そのくたびれ方が「ここに来ているお客様の数」を物語っていて、かえって魅力的に見えるお店。私はそういう空間がとても好きです。
お客様とともに成長し、変化していく余地を残しておくことが、店舗デザインにおける最大の「余白」だと思っています。
人間力の科学という考え方に「バルバロッサな人」という概念があります。深い経験値と独自の世界観を持ち、その場を豊かにする人のことです。長く続くお店も、それに似ていると思う。深い経験を積んで、自分だけの空気をまとったお店は、「また来たい」という気持ちを生み続けます。余白は、そのための土壌です。
よくある質問(FAQ)
Q. 「余白を残す」というのは、内装にお金をかけないということですか?
違います。余白を作るためには、むしろ深い考え方が必要です。何を入れて何を外すかの判断は、何でも詰め込む設計より難しい。コストを削ることとは別の話で、予算のかけ方を「どこに集中するか」を考えることと近いと思います。
Q. コンセプトを大切にしながら「余白」を作るのは矛盾しませんか?
矛盾しません。コンセプトは大切です。ただ、コンセプトを空間の隅々まで全部表現しようとすることと、コンセプトの核心を大切にしながら周辺を余白にすることは、別のことです。核心が明確なほど、余白を作っても空間のブレはなくなります。
Q. 余白のある空間は、SNS映えが弱くなりませんか?
そうとは限りません。余白の中に人が写ったとき、その人が「絵」になります。人がいることで、むしろSNSに投稿したいと思える写真になることが多いです。「誰もいない空間の写真」より「自分がいる空間の写真」の方が、投稿したくなる。余白はそのための「背景」として機能します。
Q. 開業から何年くらいで「育った空間」になりますか?
正直なところ、お店やオーナーさんによって違います。ただ、毎日お客様が来て、スタッフが一生懸命働けば、3年もすれば空間に独自の空気が出始める印象があります。大切なのは、最初の設計で「育つ余地」を残しておくことです。
まとめ|余白は、弱さではなく器の大きさ
今回お伝えしたことを整理します。
- 完璧に作り込まれた空間は、お客様に無言のプレッシャーを与えることがある
- 空間の空気は視覚だけでなく、料理・価格・人柄・客層などすべての要素でつくられる
- 空間の主役は「素材」でも「照明」でもなく、そこで過ごす「人」である
- 余白を生む設計の考え方は「コンセプトを押しつけない」「レイアウトに柔軟性を持たせる」「人がいる状態を想像して設計する」の3つ
- 「抜け感」や「不完全さ」が、空間に温度と居心地をもたらす
- デザイナーの役割は「自分の作品を追求すること」ではなく「調整役に徹すること」
- お店はオープンした日がスタート。育つ余地のある空間が、長く愛される
「乾坤一擲(けんこんいってき)」という言葉が好きで、開業を決意する方を見るたびに思い浮かびます。運命をかけて思い切った勝負をすること。その覚悟でお店を作ろうとしている方に、私が一番伝えたいことは「余白を怖がらないでほしい」ということです。
余白は、弱さじゃない。余白は器の大きさです。どんなお客様も受け入れられる器の大きさが、そのお店の寿命を決めると私は思っています。
次回(第2回)は「時を重ねて美しくなる素材選びの法則」についてお伝えします。どの素材が長持ちして、どこに本物を使うべきか——現場で見えてきた話をしていきます。
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